プリントの落とし穴

あたりまえのことだが、写真はプリントすることで、はじめて「作品」となる。

作品を展示するときはもちろん、コンテストに応募するときにもプリントは必要になるが、このプリントのクオリティによって作品が与える印象ががらりと変わるため作品制作のプロセスの中で、もっとも神経を使うのが、この作業となる。

 

僕はかつて、プリントのプロであるラボ屋さんを主に利用していた。しかし、プリントがあがるまでに数日かかることや、あがってきたものに納得がいかない場合は、修正をお願いしてさらに数日かかること、当然ながら料金的な理由もあり、方針を転換。

家庭用では最高スペックの、A3ノビまで対応している写真用プリンターを購入し自宅で時間を気にすることなく、納得がいくまでプリントに没頭できる環境を整えた。

 

このプリンターのクオリティが思ったより遥かに素晴らしく、これによって僕のなかでのプリント問題は解決した。

そして、プリンターを信頼しきっていたことが災いし取り返しのつかない、世紀の凡ミスをやらかしたのだ。

 

今年の10月半ば、ロンドンのアートコンペ「EWAA 2013」のギャラリーに展示するためのプリント作業をいつものように自宅で行っていた。

作品は以前開催した個展でもプリントして飾っていたものなので、そのときと同様の仕上がりであれば何の問題もなかった。

 

ところが、一枚出力したところで、異変に気付いた。

「黒がもっさりしすぎている…」

 

個展で飾ったものとは明らかに違う。黒色の微妙な階調がまったく再現されておらず、見る角度を変えると、濃い部分はインクをベタっと垂らしたような実に稚拙な仕上がりだったのだ。

Photoshopで明るさやコントラストを何度変更しても、結果は同じだった。

 

 

これはいかん。

どうした、もう寿命か?

いやいや、まだ買ってからそんなに経ってないし…。

郵送の期日が、もうそこまで迫っている。

額装して、梱包して、さっさとロンドンに送らなければ。

いや、このクオリティじゃ送れない。

いやいや、送らないと何の意味もない…!

 

 

さんざん混乱したあげく、僕が出した結論は「妥協」であった。

何枚もプリントしたものの中から「たぶんいちばんマシ」なものを選び、ロンドンへ送ったのだ。

 

釈然としない思いをしばらくは抱えていたのだが「なんとか期日までに送れた!」という安堵感と「いよいよロンドンに行く!」という高揚感で、いつしかそんな思いは消え去っていった。

 

 

いろいろあったロンドンから帰国し、いつもの平和な日常にもどった。

そんななか、次のコンテストに応募するために、再びプリンターに対峙する時が訪れた。

 

プリンターは、相変わらず機嫌が悪い。やっぱりおかしい。

本当に、そろそろ替え時なんだろうか。

このスペックのプリンター、けっこう高いんだよな…。

 

ぶつぶつ言いながら、ふと、ひとつの可能性を思い付きインクカートリッジを収納するボックスを開けた。

 

「これだ…!」

まさに世紀の凡ミスだった。

 

 

本来「写真用の黒インク」を差し込むべき場所に、あろうことか「文字用の黒インク」が差さっていたのだ。

 

僕のプリンターのインクは全8色を使用するもので、黒に関しては、用途に応じて「写真用」と「文字用」を使い分ける必要がある。

読んで字のごとく、写真のみをプリントするときには「写真用」を、テキストなどが含まれるものをプリントするときは「文字用」を使う。

 

以前テキストをプリントする用事があったためインクを「文字用」に替え「写真用」に戻すことなどすっかり忘れて、そのままになっていたというわけだ。

 

 

恐る恐る「写真用」をセットし、再度写真をプリントする。

ほらー、とってもいい感じに仕上がったじゃないすかー。

 

と、「妥協クオリティ」のまま出展したロンドンのことを思い出す。

あのとき、この凡ミスに気づいていたら、あるいは…。

もはや後の祭り。歴史にタラレバは通用しないのだ。

 

 

人は失敗から学んでこそ、成長する。

だが、絶対に負けられない局面での失敗は、万死に値する。

 

今回の失敗から得たものがあるとしたら「プリントするときは黒インクに注意しましょう」という実に粗末なもの。

次のチャンスに活かす、などというレベルでは到底ない。

 

しょせん自分のレベルは、まだまだこの程度。そう認識して、次に進むしかないわけで。