THE SMASHING PUMPKINS「Adore」/傷ついた心に、そっと寄り添う楽曲たち
生きていれば、心に深い傷を負うこともある。
どうしようもない状況に追い込まれて、身動きがまったくとれなくなることだってある。
心の傷を、文字どおり他人と共有することなんてできないから、優しさをまとった共感や励ましの言葉すら、空虚に響く。
君に僕の苦しみは理解できない、ひとりにしてくれ、そんな攻撃的な言葉が、唇から溢れ出る。
そもそも、傷ついた心は「わかるよ」とか「がんばれ」とか、そんな上辺だけの言葉を欲しているのだろうか。
そもそも、「わかるよ」とか「がんばれ」とか、そんな言葉を無責任に投げかける人間を、真の友人と呼べるのだろうか。
傷ついた心が欲するのは、ただ何も言わず、そっと寄り添い、過ぎゆく時間を共有してくれる真の友人なのではないだろうか。
THE SMASHING PUMPKINSが1998年にリリースしたアルバム「Adore」。
彼らにとって4枚目となるこのアルバムは、まさに、傷ついた心にそっと寄り添ってくれる楽曲たちで満たされている。
90年代のオルタナティブ・ロックを代表するバンド、THE SMASHING PUMPKINSにとって「Adore」は、忘れたい過去のひとつであるかもしれない。
前作「Mellon Collie and the Infinite Sadness」のツアー中、ドラマーのJimmy Chamberlinが薬物摂取事件を受けてバンドを解雇される。正式なドラマーが不在のもとで製作されたため、ドラムパートはリズムマシーンを駆使するなど、ギター中心だったそれまでのサウンドから大きな変貌を遂げ、エレクトロニカ、ニュー・ウェーヴ調の楽曲がアルバムの大半を占めることになる。その影響もあってか「Adore」は商業的にも失敗作とみなされる結果となった。
派手な楽曲はなく、ひたすら重く、そして暗い。それ以前のエネルギッシュな楽曲を好むファンに見放されるのも、ある意味合点がいくというものだろう。
一方でこのアルバムには、奇妙な「温かさ」がある。
シンプルとも、実験的とも解釈できる質の高いメロディーを、時に囁くように、時に悶絶するように歌い上げるBilly Corganのヴォーカル。廃退的にも、牧歌的にも響く多彩な音作り。アルバム全体に漂うのは、まるで、暗闇の中であるからこそ輝きが見いだされる小さな光明のような、傷を負った心にこそ響く、そういう類の「温かさ」だ。
知った顔で「わかるよ」と言われることはない。無責任に「がんばれ」と言われることもない。ただ何も言わず、じっと見守ってくれる「温かさ」こそ「Adore」の最大の魅力と言える。
音楽によってすべてが救われることなどない。だが音楽が、再び立ち上がる、そのきっかけを作ることは十分にありえるだろう。「Adore」は、その力を秘めた稀有なアルバムということができるだろう。